B.B.キングの温もり


「生涯現役」を貫き通そうとするB.B.キングは、強靭な精神力のもと、
プロとしての責任とブルースマンとしての誇りを常に持ち続け、
全身全霊を傾けてステージに挑む。
そして彼は、音楽を通して私達に「愛」をくれる。
だからみんな幸せな気持ちになるんだ・・・

私はホールの椅子に座り、
BBが去った後のステージを眺めながらしばし感慨にふけっていた。
時計を見たら、0時15分。
きっとBBは今頃楽屋で汗をぬぐい、
ラフな服装に着替えてゆっくりしているのだろう。

ホールの外へ出ると、
ロビーにはまだたくさんの人がいて、とても夜中とは思えない。
私はもう少し余韻に浸りたくて、壁にかかっている写真を眺めながら
出口とは逆の方向に歩いて行った。
そしてある場所に来た時、長い「行列」ができていることに気が付く。

一瞬、何のことだかわからず辺りを見回わした。
「Indianola Mississippi Seeds」のアルバムを持った青年が
緊張した面持ちで立っている。
その数100人近く。
私はすぐにひらめいた。
「ここをBBが帰る時に通るにちがいない。
その時に握手やサインをしてもらうため、皆ここで待っているのだ。
私もBBが楽屋から出てくるところを見たい!」

そのうち係員が、いろいろな人の名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた人は、みんなの注目を浴びながら堂々と中へ入って行く。
「いったい何だろう?」
様子を伺っていると、係員の女性が大きな声で言った。
「こちらの列にきちんと並んでください。
楽屋の中へはグループごとに入ってもらいます。
それからよく聞いてくださいね。
サインは一人一回です。これは決まりです。」

私は耳を疑った。
「ここで待っていれば誰でも楽屋に入れるって事?」
信じられない事実だった。
本に書いてあったBBの言葉がよみがえってくる。
「BBに会えるなら何時間でも待てる。たとえ朝になっても!」
私も列に加わった。

花束を持っている女性が、
私が抱える「Live At The Regal」のアルバムをニコニコしながら見ている。
「そのBBの写真、若いわねぇ〜。 スマートだわ!」
とフレンドリーに話かけてきたので、
「このアルバム、大好きなんです。
学生の頃買ったんです。今から15年以上前に。」と私も笑顔で答えた。
その方はとても愛嬌があって、まなざしが優しい。

彼女の名前を仮に「ファインさん」としよう。
ファインさんには、私が日本からやって来たこと
そしてバンドでBBの音楽を演奏した経験があるというような話をした。
彼女は私のたどたどしい英語に一生懸命耳を傾けてくれ、
その時、お互いに何か通じ合うものを感じた。
ファインさんはまもなく係員に呼ばれ、楽屋の中へと入っていく。

外で待っている人は男女共半々ぐらいで、
20代〜30代のファンの姿が目立った。
楽屋から出てくる人達は、サインが入ったBBの写真を手にしている。
みんな嬉しそうに写真を見つめながら帰って行くので、私の心は弾んだ。

2時過ぎ、
とうとう自分が楽屋に入る番がまわってきた。
平静は装っているものの、心の中はドキドキしている。
中へ入ると、部屋の奥でBBがステージ衣装のまま大きな椅子に座り、
ファンと握手を交わし、一人一人に温かい言葉をかけていた。
BBの前には10人ほどの列ができていて、
皆、順番にBBのところに行き、会話をしたり一緒に写真を撮っている。
テーブルの上にはBBの写真とバッジが積まれていて、
サインするものを持っていない人は、その写真にBBはサインをして手渡していた。

私の前にいたカップルがBBに「さよなら」と言い、
BBは二人の後ろ姿に向かって別れの言葉を告げる。

BBと私の目が合った。
立ちすくんでいる私に向かって、
「はじめまして。その服、似合ってるね!」と
笑顔でたくさんの嬉しい言葉を投げかけてくれる。
リップ・サーヴィスだとはわかっていても、心は躍った。

私はすぐにBBのところに歩み寄り、ひざまづいて自己紹介をした。
「はじめまして。私はあなたに会うためにはるばる日本からやってきました。」
BBのそばに寄った途端、フワッと彼の温かい空気に包まれる。
BBは驚きながら、「日本から?本当にありがとう!」と喜んでくれ、
すかさず手を差し伸べてくれた。

「一緒に写真を撮ろう」とBBが言って
父が持っているカメラに向かって二人でポーズをとる。
その間、BBは私の手をずっと握っていてくれたのである。
BBの手は大きくて柔らかく、温かかった。

「・・・この手は、大地に鍬をおろし、一日中綿を摘み、
様々な風雪に耐えてきた手。
そして・・・ルシールに命を吹き込む手なんだ!」
私はBBの手の温もりを感じながら、そう思った。

菊田俊介さんのことをBBに話す。
「ギタリストの菊田さんは、私の友人です。彼も日本人です。
彼はとても親切で素晴らしいギタリストです。」
するとBBから、
「シュンのこと?本当にそうだ。彼は本当に素晴らしいギタリストだよ!
彼はもういないの?」という返事が返ってくる。
私はライヴが終わった後、菊田さんとは一度もお会いしていなかったので、
「ええ、多分彼はもう帰ったと思います。」と答えると、
「ここにシュンがいないのはとても残念だね・・・」という言葉が返ってきた。
私もその言葉に大きくうなづいた。

その後BBは父に気がつき、
「彼はどなたですか?」と聞くので、「私の父です。」と答える。
BBは「君のボディ・ガードだね!」と言って父に話しかけた。
「よく来てくれました。さあ、こちらへどうぞ。」
BBが父の手を握りしめながらねぎらいの言葉をかけている。
父は感動のあまり言葉を失っていた。

そしてBBはそこに居合わせた人全員に向かって演説をしはじめる。
「二人は日本からはるばる来てくれた。嬉しいじゃないか。
日本から我々が学ばなければいけない点はたくさんある・・・」
BBは日本のことををよく知っていて、褒め称えてくれる。
BBはまるで一家の大黒柱のような存在で、
彼が口を開けば一斉にみんなはその言葉に聞き入る。

私はBBのそばに15分もいることができて、
満足感で一杯だったが、ふと気がつくと
私の後ろにはまだ10人ぐらいのファンが待っていた。

BBの右手にはサイン・ペンが握られている。
彼は、私が手渡したアルバムの裏と
父が持っていた色紙に快くサインをしてくれた。

そして別れ際に「また明日もあなたのショーを観に行きます。
そして再びここへ来ます。必ず!」と私はBBに約束をする。

「本当にここへ来てくれるの?ありがとう。待っているよ。」
BBはにこやかに答えてくれ、
私は「おやすみなさい」と挨拶をしてBBの元を去った。

夜風に吹かれながら、BBの手の温もりを思い出す。
BBはきっとライヴの後でグッタリ疲れていたはずだ。
それなのに、挨拶にきてくれたファン全員にサインをし、
私達にも心温まるもてなしをしてくれた。
BBの温かいハートに直接触れることができ、
私の胸もジーンと熱くなっていく。
私は感激のあまり、その晩は一睡もできなかった。

<04・5・14>

Indianola Mississippi Seeds

with B.B. King